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        <title>浜田市観光協会公式ホームページ - 観光スポット</title>
        <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php</link>
        <description>島根県浜田市の観光スポット</description>
        <lastBuildDate>Thu, 13 Mar 2008 18:43:25 +0900</lastBuildDate>
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        <category>観光スポット</category>
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            <title>弥栄のどぶろくが飲みたい！</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1009</link>
            <description>弥栄のどぶろくが飲みたい！どぶろくが飲める（買える）お店代表者山口　忠（財）ふるさと弥栄振興公社代表理事小松原　和則小松原　美由喜岡田　清成住所弥栄町木都賀イ520-1弥栄町三里ハ159弥栄町長安本郷539-5弥栄町高内イ160-2電話0855-48-21060855-48-26120855-48-27110855-48-2282店名どぶろく食堂またぎレストラン里山やさか（ふるさと体験村内）お食事処小松路田舎ｶﾌｪ＆ｷｯﾁﾝ陽気な狩人店舗形態食堂（農家レストラン）食堂（農家レストラン）食堂（農家レストラン）食堂（農家レストラン）銘柄石州またぎの忠蔵（ちゅうぞう）弥盛（いやしろ）神乃恵（かみのめぐみ）里山桜製造場所併設の加工場食堂内厨房食堂内厨房併設の瓶詰め加工場（どぶろく工房清成）提供・食堂での飲食・ﾍﾟｯﾄﾎﾞﾄﾙで量り売り・食堂での飲食・食堂での飲食・ﾍﾟｯﾄﾎﾞﾄﾙで量り売り・食堂での飲食・瓶詰め販売免許・税務署の酒類製造免許・保健所の酒類製造業許可・税務署の酒類製造免許・税務署の酒類製造免許・保健所の酒類製造業許可・税務署の酒類製造免許・保健所の酒類製造業許可備考ふるさと弥栄どぶろく特区のパイオニア。専門家も驚く技術を持つ。またぎ料理が自慢。姉妹店の旅館観月で宿泊も可能。弥栄町の都市農村交流の核施設。四季折々の農村暮らしが体験できる。全国どぶろくコンテストで最優秀賞受賞。宿泊可。田舎の家庭料理とどぶろくでもてなす。どぶろくは生を中心に提供する。杜氏は安城神楽社中の代表を務める。宿泊も可能。どぶろく工房で本格的瓶詰め販売も行う。里山川海遊びの達人のもてなしが魅力。姉妹店はうどんの今田。地方発送可。</description>
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            <pubDate>2008-3-13 18:43:25</pubDate>
            <category>特産品</category>
        </item>
                <item>
            <title>浜田マリン大橋</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1021</link>
            <description>浜田マリン大橋所在地浜田市完成日平成11年年８月概要平成11年８月、浜田漁港に国内の漁港施設としては最も長い斜張橋（しゃちょうきょう）（305m）の浜田マリン大橋が完成しました。この橋は「活力と潤いのある水産都市の形成」を目標に策定された「浜田地区新マリノベーション拠点交流促進総合整備計画」のひとつとして建設が進められていたものです。分散広域化する漁港施設の一体化と漁業活動の円滑化、そして豊かで住みよい漁村環境を形成するための「ふれあい臨港道路」の一部として利用されます。高い主塔(海面上約92メートル)と斜めに張ったケーブルを特徴とする同橋が結ぶのは、浜田漁港のある原井地区と瀬戸ケ島地区です。現在、瀬戸ケ島地区の埋立てに着手しており、完成すれば、沿岸漁業の前進基地として、魚を種苗から育てて放流し、これを漁獲する、つくり育てる漁業が展開されます。浜田マリン大橋は、海・漁業とのふれあいと水産業の発展をめざした水産都市浜田の新しいシンボルです。</description>
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            <pubDate>2008-3-22 18:43:05</pubDate>
            <category>見どころ</category>
        </item>
                <item>
            <title>「無題」小林萬吾筆油絵麻布</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1016</link>
            <description>「無題」小林萬吾筆油絵麻布所有浜田市指定日昭和48年5月1日所在地浜田世界こども美術館概要小林萬吾（まんご）（1870〜1947）は香川県出身。市内に親戚があったことから、よく浜田に来遊し、早くからこの地方の愛好家に親しまれた画家である。市内にも多く作品を残しており、当地方の洋画の振興に大きな影響を与えた。東京美術学校洋画科卒。当時、わが国画壇の第一人者であった黒田清輝に師事し、ドイツ・フランス・イタリアに留学。東京美術学校、東京高等師範学校教授を歴任。あわせて帝展審査員・帝国美術院会員などの要職を勤めた。この作品は、桃林を題材としたもので、印象派風の明るく温和な外光描写を取り入れた手法で描かれており、当時のわが国の新しい洋画の流れを知る上で貴重な作品といえる。◇Ｐ15号（縦50cm×横65cm）額装</description>
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            <pubDate>2008-3-18 17:15:25</pubDate>
            <category>浜田市指定文化財</category>
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                <item>
            <title>黄長石霞石玄武岩</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1014</link>
            <description>黄長石霞石玄武岩所有個人指定日昭和41年5月31日所在地浜田市長浜町・熱田町・内田町概要黄長石霞石玄武岩は、市内熱田町・長浜町・内田町の標高120ｍの丘陵地一帯に分布している。そのうち三所の露頭が指定されている。この岩石は、火山岩の一種で、黒色ないし暗灰色の細粒ち密な玄武岩である。多くの小さな沸石（ふっせき）の晶洞（しょうどう）があって、この晶洞にはしばしば岩漿水（がんしょうすい）が認められる。日本で最初に、霞石と黄長石が発見されたのは、この長浜丘陵である。霞石は中国山地の玄武岩中にわずかに認められているが、霞石を含み長石を欠く玄武岩（霞石）は日本でこの丘陵のみである。またこの玄武岩の一部には黄長石も含まれている。黄長石は、日本で唯一、この地で産出する。玄武岩中に霞石と黄長石が認められるのは、世界的にもめずらしい現象であり、地質鉱物学上貴重な存在である。この岩石は、第三紀に噴出したもので、今からおよそ600万年前のものである。</description>
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            <pubDate>2008-3-18 16:58:27</pubDate>
            <category>島根県指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>浜田城跡</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1013</link>
            <description>浜田城跡所有浜田市指定日昭和37年6月12日所在地浜田市殿町概要古田大膳大夫重治（ふるただいぜんだゆうしげはる）は、元和5年（1619）に徳川頼宣（とくがわよりのぶ）の和歌山転封にともなって、伊勢国（三重県）松坂から浜田に国替となった。所領は、那賀・美濃・邑智郡と丹波国船井郡内（京都府）で5万5千余石が与えられた。領内各地を検分の後、現在地に築城することとし、亀の縁起に因（ちな）んで、鴨山（かもやま）を亀山（かめやま）と改めたという。翌年2月から築城にかかり、11月に地普請の大概を終え、元和 9年（1623）には城及び城下の諸工事を完了したと伝える。本丸には高さ約14ｍの三重櫓（やぐら）（天守）があり、城内にはこの外に櫓はなかった。二ノ丸には櫓台、塩硝蔵、本丸常番所、時打番所、三ノ丸には諸役所、土蔵、表屋敷、南屋敷などがあった。城門は一ノ門、二ノ門、中ノ門、大手門などがあり、二ノ門、中ノ門は多門造りで他は冠木門（かぶきもん）であった。さらに夕日ヶ丘の西側には庭園、茶屋等が設けられていた。築城後248年間、藩政の中心であったが、慶応2年（1866）7月18日、松平武聡の自焼退城によって、城としての役目を終えた。</description>
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            <pubDate>2008-3-18 16:51:54</pubDate>
            <category>島根県指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>めんぐろ古墳出土品</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1011</link>
            <description>めんぐろ古墳出土品所有個人指定日昭和35年9月30日所在地浜田市治和町（左／装飾付子持壷、右上／環鈴、右下／馬鐸）概要めんぐろ古墳は、国指定史跡の周布古墳の近くにあった。墳丘は古くから失われているが、直径20ｍ程度の円墳と推定されている。昭和24年（1949）２月耕地拡張中に、玄室部が半壊の状態で発見された。玄室内には、薄い板石の石障（せきしょう）があり玄武岩柱状節理の六角柱が立っていた。また、床には礫（れき）が敷かれていた。石室の様子から、北九州・肥後方面との関連も指摘されている。出土品には、四つの子壷の間に動物・人物等が配置された装飾付子持壷を初めとする須恵器類、ぼう製（ぼうせい）唐草文七乳鏡（からくさもんしちにゅうきょう）、鈴釧（すずくしろ）、三輪玉（みわだま）形金具、環鈴（かんれい）、馬鐸（ばたく）、馬具類等極めて豊富な内容であり、しかも県下でも稀少なものである。出土した須恵器は、山陰須恵器編年のＩＩ期末〜ＩＩＩ期初の特徴を示し、6世紀前半と推定される。この頃の須恵器を伴う横穴式石室の県下における基準となっており、学術研究上貴重な遺物である。これらの出土品のうち27点が、県考古資料第一号として指定され、現在は県立博物館に寄託されている。</description>
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            <pubDate>2008-3-18 16:36:08</pubDate>
            <category>島根県指定文化財</category>
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                <item>
            <title>石見畳ヶ浦</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1007</link>
            <description>石見畳ヶ浦所有国・浜田市・個人指定日昭和7年3月25日所在地浜田市国分町概要畳ケ浦は国分町唐鐘海岸にあって、別名を床（とこ）の浦（うら）ともいう。約49,000ｍ2の波食棚（はしょくほう）が広がり、高さ約25ｍの見事な礫岩（れきがん）・砂岩の海食崖（かいしょくがい）や幾つもの断層がみられる。波食棚では縦横に走る小さな亀裂がみられ、畳を敷きつめたようにみえることから「千畳敷（せんじょうじき）」と呼ばれる所以（ゆえん）となっている。この波食棚の砂岩層は、第3紀中期中新世（約1,600万年前）の地層で、多種類の貝化石や流木、鯨骨、生痕（せいこん）などの化石が含まれている。化石
の保存状態はきわめてよい。また、千畳敷には腰かけのような丸い石（団塊（だんかい）=ノジュール）が平行に並んでいる。これは海食崖の地層中にも数多く
みられ、貴重な学術的資料を提供している。穴観音と呼ばれる海食洞や海中にそそりたつ犬島・猫島の景観は美しく、観光地としても有名である。</description>
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            <pubDate>2008-3-9 16:17:32</pubDate>
            <category>国指定文化財</category>
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                <item>
            <title>下府廃寺塔跡</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1006</link>
            <description>下府廃寺塔跡所有浜田市 指定日昭和12年6月15日 所在地浜田市下府町概要 下府廃寺跡については、平成元年（1989）から4年（1992）にかけて発掘調査が実施され、下府平野を望む標高14ｍの微高地を造成して、西側に金堂、東側に塔を配した南向きの「法起寺（ほっきじ）式」伽藍（がらん）を造営したことが確認されている。金堂は東西長15.2ｍ、南北長推定13ｍの基壇の上に建てられ、塔は一辺13.2ｍ四方の基壇上に一辺7.2ｍの塔初重面が復元できる。その規模から五重塔が想定される。指定地は壇状に削られた塔中心部の72ｍ2で、上面には心礎（しんそ）と四天柱、側柱の礎石が各一個残されている。花崗岩（かこうがん）の心礎には方形の柱座が設けられ、その中央に直径86cm、深さ6cmの円柱孔があり、さらにその中央に直径21cm、深さ12cmの舎利孔（しゃりこう）を設けている。下府廃寺は7世紀末〜8世紀初頭頃に建立され、10世紀初めまでには廃絶したと考えられる。一町四方の寺域などが想定できる堂々たる規模や多様な文様を施す軒瓦の存在などは、石見の中核的な寺院であったことをうかがわせる。</description>
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            <pubDate>2008-3-9 16:03:50</pubDate>
            <category>国指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>周布古墳</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1005</link>
            <description>周布古墳所有個人 指定日昭和11年12月16日所在地浜田市治和町概要 周布平野と日本海を見下ろす丘陵地に造られた、石見で二番目の大きさをもつ二段築成の前方後円墳（ぜんぽうこうえんふん）である。昔から「瓢塚（ひさごづ
か）」「おんぐろ」などと呼ばれていた。現在は前方部などが削平されているが、現状で全長約65ｍ、復元全長約69ｍを測る。斜面には拳大の河原石（かわ
らいし）が多く見られ、古墳の斜面に置かれた葺石（ふきいし）と考えられる。埴輪（はにわ）や須恵器（すえき）の破片が見られ、古墳時代中期末（5世紀後
半頃）に造られたと考えられる。周布平野には、周布古墳の他に石見最古の須恵器窯跡である日脚（ひなし）窯跡群（5世紀後半頃）や、優美な子持壷（こもちつぼ）など豊富な副葬品を出土しためんぐろ古墳（出土品県指定）など多くの古墳が見られる。</description>
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            <pubDate>2008-3-9 15:51:23</pubDate>
            <category>国指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>石見国分寺跡</title>
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            <description>金蔵寺の石見国分寺跡場所金蔵寺
指定日大正10年3月3日
所在地浜田市国分町概要奈良時代、天平13年（741）の聖武天皇の国分寺・国分尼寺建立の詔により、各国に国分寺・国分尼寺が造られた。石見国分寺跡は現在の浄土真宗金蔵寺（こんぞうじ）境内にあたり、塔跡と礎石が一部残っているのみで、全体像は明らかになっていない。金蔵寺は、寛文5年（1665）に小さな堂宇（どうう）と畑になっていたこの地を買い上げて建立されたと伝えられている。昭和60年（1985）に塔跡が一部発掘調査された。発掘調査の結果、塔跡の縁に並んだ磚列（せんれつ）が確認された。これにより、12ｍ〜14ｍの基壇の上に約8ｍ四方の塔が建っていたと考えられている。昭和61（1986）、63年（1988）にも周辺が発掘調査された。真北方向に延びる溝状遺構が見つかり、炭化物、火を受けた銅造誕生釈迦仏立像（市指定）が出土した。国分寺が平安時代後半に火災にあった可能性も考えられている。石見国分寺は瓦・土器などから当初からこの地に造られており、国府地区が古代石見国の中心であったことを示している。</description>
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            <pubDate>2008-3-9 15:40:29</pubDate>
            <category>国指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>太刀</title>
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            <description>太刀所有浜田護国神社指定日昭和48年5月1日所在地浜田市殿町表銘「石州住天津冨士太源正清謹作之」裏銘「皇紀二千六百年十一月吉日」（皇紀2600年＝1940年）概要作者の天津富士太は、明治17年（1884）長見村清地谷（浜田市長見町）に生まれ、武一（ぶいち）といった。後に浜田市朝日町に移住し、大正6年（1917）富士太を襲名した。富士太は、日本刀展・軍刀展などに出品し、総裁名誉賞・推薦賞ほか受賞30数回に及んだ。陸軍省 の受命刀匠となり、朝香宮ご買上げの栄にも浴した。昭和46年（1971）に没した。浜田護国神社に奉納されたこの太刀は、皇紀2600年にあたる昭和15年（1940）につくられ、昭和16年（1941）に陸軍大臣賞を受けた。目釘孔一個。刃文は大乱（おおみだれ）、沸（にえ）、匂（におい）深く相州伝の秀作である。◇刀長86.4cm　反り3cm</description>
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            <pubDate>2008-3-18 19:04:32</pubDate>
            <category>浜田市指定文化財</category>
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                <item>
            <title>脇差</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1019</link>
            <description>脇差所有石見安達美術館指定日昭和44年11月3日所在地浜田市久代町表銘「藝州住出雲大掾正光石見國鍋石住源護國爲両人造之」裏銘「嘉永四辛亥年十月初子城市英朝応需作之」（嘉永4年＝1851年）概要地鉄（じがね）は小杢目（こもくめ）、刃文（はもん）（焼刃の部分の模様）は濤乱（どうらん）、焼巾は広く飛焼（とびやき）（刀身の中ある焼刃）があり、匂（におい）（研ぎ澄ました刀身のひかり）・沸（にえ）（焼方によって刀刃にあらわれる雲形のあや）ともに深く秀作である。目釘孔（めくぎあな）一個。鍋石・井野・田橋・横山等は古くから砂鉄の産地として有名で、折居及び日脚海岸でも採れていた。鍋石にはこの砂鉄を原料とする鈩（たたら）（製鉄所）があった。ここでつくられた玉鋼（たまはがね）でこの刀は鍛えられた。◇刀長47.3cm　反り1.2cm </description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1019</guid>
            <pubDate>2008-3-18 18:49:20</pubDate>
            <category>浜田市指定文化財</category>
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                <item>
            <title>船絵馬</title>
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            <description>船絵馬所有厳島神社指定日平成14年2月22日所在地浜田市瀬戸ヶ島町板絵著色廻船図（榮久丸）概要この船絵馬は、航海の安全祈願や無事の航海を感謝して厳島神社に奉納されたものである。和船の船絵馬としては、三面しか市内で知られておらず、江戸時代から明治初め頃の浜田の海運を視覚的に知るうえで貴重である。板絵著色廻船図（いたえちゃくしょくかいせんず）（榮久丸）には「奉懸　文久元歳辛酉六月吉日　工町　松屋源兵衛」「吉川寫」とあり、文久元年（1861）に工町（現京町）の松屋が奉納したものである。幟（のぼり）には浜田藩主松平右近将監家（うこんしょうげんげ）の家紋の一つである「一（ひと）つ琴柱（ことじ）」が描かれており、御用船として用いられていたことが分かる。紙本著色廻船図（長徳丸）は左下縁部に「能州釼地中嶋屋六太郎舩」とあり、石川県門前町釼地（つるぎじ）の船主が奉納したものである。紙本著色廻船図（明神丸）は額右側に「明治14年11月吉祥日」、額下に「友次郎」と「善吉」とある。船尾が欠落しているが、幟に「明神丸」と判読でき、同じ船名である和船模型（市指定）と関連する可能性がある。◇（榮久丸）縦42.0cm×横72.0cm◇（長徳丸）縦36.6cm×横51.4cm◇（明神丸）縦39.9cm×横53.4cm</description>
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            <pubDate>2008-3-18 17:59:56</pubDate>
            <category>浜田市指定文化財</category>
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                <item>
            <title>板絵著色瀬戸ヶ島捕鯨図</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1015</link>
            <description>板絵著色瀬戸ヶ島捕鯨図所有厳島神社指定日昭和44年11月3日所在地浜田市瀬戸ヶ島町概要瀬戸ヶ島厳島神社に奉納された絵馬である。瀬戸ヶ島を中心に、伊勢島、矢箆（やな）島、馬島を絵画的に配している。双海（そうかい）船四艘と補助する四艘の双海漕ぎ船による二重に囲った網に向けて3頭の鯨を、勢子（せこ）船9艘ずつの船団二組によって追込んでいる。他の一船団は捕獲した鯨を船と船の間に固定して浜の解体場所へと向っている。大浦の浜の納屋場一帯では鯨の陸上げの準備がなされている。島の間を抜けて4艘の廻船が入港しようとしている。浦番所の近くには12艘の廻船が停泊している様子が描かれている。裏面に「奉納播州住　岡田一得画之願主　　當嶋氏子中世話人　新屋惣左衛門嘉永七甲寅年九月中旬」と記されている。（嘉永7年＝1854年）捕鯨のみでなく瀬戸ヶ島の浦の様子も詳しく描かれており、浜田と海とのかかわりを知る貴重な文化財である。◇縦135cm×横180cm</description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1015</guid>
            <pubDate>2008-3-18 17:09:32</pubDate>
            <category>浜田市指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>紙本著色石見国絵図</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1010</link>
            <description>紙本著色石見国絵図&nbsp;場所浜田郷土資料館指定日平成12年3月28日所在地浜田市黒川町概要本絵図は、石見一国を和紙に極彩色で描いた江戸時代初期の国土基本図である。国絵図としては、石見地方最古の地図である。本図は、亀井家の津和野転封直後（1617〜1619）に製作されており、津和野藩成立の領地移動を幕府が個別に徴した絵図と考えられる。なお、その後の古田家浜田転封による変化は、懸紙により加筆している。描かれているのは国境・海岸・郡境・山川・街道・村名・石高などである。縮尺は正保国絵図以後の一里六寸よりも小さく、方位、村位置など未だ画一されてい
ない。村名、郷高が楕円大判型の中に記載されており、統一条件での全郷村高記述としては石見最古の貴重なものである。街道や海岸線、大森銀山には中世の面
影がよく残されている。徳川幕府は、その権威をもとに、国家的事業として、慶長・正保・元禄・天保時に各藩へ国絵図の製作を命じている。
◇縦173cm×横350cm</description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1010</guid>
            <pubDate>2008-3-18 16:09:28</pubDate>
            <category>島根県指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>木造北白川宮能久親王殿下立像</title>
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            <description>木造北白川宮能久親王殿下立像所有浜田市指定日昭和51年3月25日所在地浜田郷土資料館概要作者の内藤伸（1882〜1967）は飯石郡吉田村に生まれた。東京美術学校を卒業し、帝展審査員・日本芸術院会員など歴任するとともに、新技法を駆使して格調高い彫刻作品を発表し、高い評価を得た。浜田連隊入営中の作者に、連隊から陸軍大将北白川宮能久親王の木像制作が委嘱され、明治39年（1906）2月に完成されたものである。像高は102.8cmで栃材の気品のある繊細で華麗な彫刻である。なお、材質にヒビ割れが生じ、昭和42年（1967）に内藤伸の指示によって復元された。現在は浜田市郷土資料館に保管されている。</description>
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            <pubDate>2008-3-18 18:07:34</pubDate>
            <category>浜田市指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>有福神楽</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1012</link>
            <description>有福神楽所有有福神楽保持者会指定日昭和39年5月26日所在地浜田市下有福町（浜田市観光協会　写真提供）概要浜田市東部の山間の地に伝わるもので、明和年間（1764〜1771）頃から明治初年の神職演舞禁止令が出るまでは、有福八幡宮の神職を中心にして舞われていたと言われている。正調石見八調子神楽である。　指定演目は　塩祓（しおはらい）　神楽　神迎（かみむかえ）　頼政（よりまさ）　八幡（はちまん）　神祗太鼓（じんぎたいこ）　塵輪（じんりん）　羯鼓（かっこ）　切目（きりめ）　岩戸（いわと）&nbsp;&nbsp;&nbsp; 天神（てんじん）　黒塚（くろづか）　八十神（やそがみ）　鹿島（かしま）　恵比須（えびす）　鐘馗（しょうき）　五神（ごじん）　神武（じんむ）　四神（よじん）　五穀種元（ごこくたねもと）　貴船（きふね）　天蓋（てんがい）　熊襲（くまそ）　関山（せきやま）　尊神（そんじん）　茣座舞（ござまい）　神下し（かみおろし）　諸太刀（もろたち）　榊舞（さかきまい）　帯舞（おびまい）　四剣（しけん）　悪平（あらひら） の32番である。今では、珍しい演目が含まれており、また、神職時代からの木彫面も有し、石見八調子神楽の代表的な形式を残している。以前は有福八幡宮の10月11日の例祭に舞われていたが現在は体育の日にかわっている。</description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1012</guid>
            <pubDate>2008-3-18 16:45:23</pubDate>
            <category>島根県指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>木造天部像群</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1008</link>
            <description>木造天部像群場所多陀寺指定日昭和42年5月30日所在地浜田市生湯町概要古刹（こさつ）真言宗多陀寺（ただじ）の本堂に、通称「流れ仏」と呼ばれる仏像群59が残っている。それらすべてが四天王・十二神将・金剛力士などの天部像である。いずれもヒノキ材の一木造りで像高は現状で105cmから146cmを測るものまであり、この59が一具のものとして制作されたものとは考えがたい。痛みが激しく当初の状態は明らかでないが、平安中期を下らない地方作と考えられる。内刳りの有無、頭部の装具等から四つのタイプに分類され、さらに作風の検討を加えると最低8種のタイプに分類されている。ただし破損状態が激しい9は確認不能である。この天部像のうち、破損の程度の比較的少ない27が、昭和42年（1967）に県指定文化財となっている。なお、『角経石見八重葎（つぬさはういわみやえむぐら）』に「此寺ニ観音ノ形ノ木像の大佛此浦へ寄給ふ。御丈六尺斗り其数五拾躰斗り。小堂ニ有。」と記されている。</description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1008</guid>
            <pubDate>2008-3-9 16:40:39</pubDate>
            <category>島根県指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>つつじの開花情報</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1002</link>
            <description>つつじの開花情報場所三隅公園（三隅町三隅）紹介中国地方屈指のツツジの名所である三隅公園には、面積4.5haの中に、平戸ツツジや久留米ツツジなどあわせて5万本が植えられています。つつじの花道を散策してみてはいかがでしょうか。花のみごろつつじまつり（平成19年5月3日〜5月5日開催）※表示している開花情報は、おおよそのものです。その年の天候や気温によって変わります。４月20日頃の状況気温が低いせいか、まだあまり咲いていません。４月23日頃の状況１分咲きから２分咲き。ところどころ、ピンクや赤に染まってきました。４月25日頃の状況３分咲きです。つぼみもだいぶ膨らみ、赤やピンクが目立つようになりました。４月27日頃の状況斜面がピンク色に染まるのは連休中になりそうです。連休中はお祭りがあります。５月１日頃の状況７分咲きになり、斜面がだいぶピンクになりました。連休後半が見頃になりそうです。５月７日頃の状況連休の間に満開を迎え、すでに散り始めています。５月８日頃の状況花も大分散り、見頃は終わってしまいました。</description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1002</guid>
            <pubDate>2008-3-1 18:51:11</pubDate>
            <category>開花情報</category>
        </item>
                <item>
            <title>木造阿弥陀如来立像</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1003</link>
            <description>心覚院の木造阿弥陀如来立像場所心覚院指定日大正9年4月15日所在地浜田市松原町概要元和六年（1620）の古田氏による築城の際、亀山にあった天台宗来迎寺をこの地に移転したと伝えられ、寛文年間（1661〜1672）に浄土宗に改宗し、心覚院と称した。心覚院の本尊「木造阿弥陀如来立像」はヒノキ材の一木造（いちぼくづく）りで、像高96.5cm、玉眼入り、漆箔（しっぱく）像で踏割蓮華座（ふみわりれんげざ）に立ち、来迎印（らいごういん）を結んでいる。背刳（ぜぐ）りの胎内には阿弥陀坐像の摺仏（すりぼとけ）が納められている。内刳（うちぐ）りには、2枚の蓋（ふた）板が当てられ下蓋に大半が仮名書きの墨書銘が記されている。それによると、建長7年（1255）の作である。基本
的には安阿弥（あんなみ）作に範をとっているが、表現にはかなり異ったところもあり、当時の主流仏師の手によるものとは考えにくいが、鎌倉期の模範作とし
て、大正9年（1920）に、国宝に指定され、昭和25年（1950）の文化財保護法施行によって重要文化財となった。</description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1003</guid>
            <pubDate>2008-3-9 15:00:49</pubDate>
            <category>国指定文化財</category>
        </item>
                <item>
            <title>桜の開花情報</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1001</link>
            <description>桜の開花情報場所浜田城山公園（殿町）紹介約300本のソメイヨシノが植えられています。その大半は樹齢約40年から50年、一番古いもので樹齢約60年です。花見処として多くの市民に親しまれています。花のみごろ3月下旬から4月上旬※表示している開花情報は、おおよそのものです。その年の天候や気温によって変わります。３月16日頃の状況色づいたつぼみも見られるようになってきました。３月20日頃の状況冷え込みで、開花まではまだ少しかかりそうです。３月22日頃の状況つぼみが全体的にピンクになってきました。来週くらいには咲き始めるでしょう。３月25日頃の状況連日のお天気で、ちらほらと桜が咲き始めました。３月27日頃の状況現在一分咲きと言うところでしょうか。３月29日頃の状況3〜4本は5分咲き位ですが、ほとんどはまだ１分咲の状態です。３月30日頃の状況全体的には3分から5分咲きです。お花見をする人が増えてきました。４月２日頃の状況この２〜３日で満開になりました。４月４日頃の状況風と雨で１分程度散ってしまいました。４月６日頃の状況現在2分程度散っている感じですが、もう少し楽しめるでしょう。４月９日頃の状況3分〜5分散りになりました。緑が目立つようになってきています。４月11日頃の状況7分散りになり、花は寂しいですが、葉の緑が賑わいを増しています。</description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1001</guid>
            <pubDate>2008-2-29 17:45:10</pubDate>
            <category>開花情報</category>
        </item>
                <item>
            <title>梅の開花情報</title>
            <link>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1000</link>
            <description>梅の開花情報場所三隅梅林公園（三隅町三隅）紹介昭和47年に入学、卒業、就職、結婚、出産、新築記念等で植栽された梅林で、面積1.9haの中に摩耶、花香美、養老、青軸、豊後、トウシュク、小梅などが開花します。早春の花を楽しんでみてはいかがでしょうか。花のみごろ2月下旬から3月上旬関連行事梅狩り（平成20年6月8日開催予定）※表示している開花情報は、おおよそのものです。その年の天候や気温によって変わります。２月初旬の状況まだ１分咲ですが咲き始めました。２月12日頃の状況陽のあたる場所は３分咲きですが、全体的には、つぼみが多い状態です。２月18日頃の状況陽当りのいい所、十数本が３部咲きですが、全体的には蕾が多く、まだまだです。２月25日頃の状況陽当りのいい所は半分位が３部〜５部咲きです。全体の半分位は、だいぶ蕾がふくらんできました。３月初旬頃の状況陽当りのいい所は半分位が３部〜５部咲きです。全体の半分位は、だいぶ蕾がふくらんできました。</description>
            <guid>http://www.kankou-hamada.org/modules/spot/index.php?page=article&amp;id=1000</guid>
            <pubDate>2008-2-29 17:43:34</pubDate>
            <category>開花情報</category>
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