浜田で活躍した人 島村 抱月

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浜田で活躍した人 島村 抱月
5分でわかる浜田
浜田で活躍した人
 
島村 抱月
日本の人々に夢と希望を与えた「新劇の父」
島村 抱月 (しまむらほうげつ)
1871年、島根県金城町(現・浜田市)で生まれた佐々山瀧太郎は、父の事業失敗により、5歳から働きに出ていました。貧しい生活を余儀なくされていたある日、母が学問をすればこの暮らしから抜け出せると、正念寺の学校へ通わせました。瀧太郎は先生の教えの元、勉学に励み、12歳の頃、家を助けるため浜田裁判所で務めることになりましたが、その傍ら毎晩、勉学に勤しみました。転機が訪れたのは、裁判官の島村文耕が瀧太郎の才能を評価し、養子にするとともに、東京専門学校(現・早稲田大学)文科に入学させた時からです。
学生の間、瀧太郎は演劇を親しむようになりました。この頃から中国の詩「名月を抱く」より名前をとり、「抱月」と使うようになります。成績1番で卒業した瀧太郎は、1902年に海外留学に選ばれ海外へと旅ち、外国の芸術と文学に魅了され、西洋の演劇に深く影響を受けました。帰国後、早稲田大学教授を経て「芸術座」をつくり、「カチューシャの唄」で有名な『復活』を公演し、日本に新しい演劇(新劇)を吹き込んだのです。
 
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