浜田で活躍した人
 
古田 重治
浜田に城を築き、石見の中核都市としての礎をつくった初代浜田藩主
古田 重治 (ふるた しげはる)
 
略 歴 (1578-1625)
1578年 古田重則の三男として生まれる
1606年 古田家を相続する
1619年 伊勢国(三重県)松坂より5万4千石で浜田へ入部
1620年 浜田城築城に着手する
1623年 浜田城と城下町を完成させた後家督を重恒に譲って江戸で隠居する
 1619年、三重県の松坂藩から古田重治が浜田に転封し、5万4千石の浜田藩が成立しました。古田重治は城下町の建設や、藩政の土台を築いた石見浜田藩初代藩主です。
 1578年、羽柴秀吉の家臣だった古田重則の三男として生まれた重治は、1606年、長兄の重勝が死去した際重勝の子重恒が4歳と幼かったことから、古田家を継ぎます。名古屋城普請や大坂の陣などで功を挙げたため、1619年松坂藩から転じ、浜田へ着任しました。その際、今の浜田市元浜町にある極楽寺を宿陣とし、益田・三隅・周布・浜田の領地を検分して浜田亀山を城地と決めました。亀山は鴨山と呼ばれていたものを、城にふさわしい地名として用心堅固と万代不易の意味に通じる亀山にこの時改名したという説があります。
 城を中心に浜田川以北を武家屋敷中心の総曲輪、浜田川以南を「浜田八町」と呼ばれる城下町としました。「浜田八町」には紺屋町・新町・蛭子町・片庭町・原町など現代に残る町名があります。3年かけて城や城下町を完成させ、浅井川や浜田川の治水工事にも力を入れました。1923年、家督を重恒に譲って江戸で隠居し、1625年に48歳で生涯を終えました。
 古田家は2代重恒に跡継ぎがいなかったため改易され、その藩政はわずか30年で終わりを迎えました。しかし初代藩主古田重治による浜田城築城と城下町の形成という、近世の浜田成立にとってはなくてはならない偉大な業績を残したのです。
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