浜田で活躍した人
 
豊原 喜一郎
石見三門を建築し「和田の匠」と呼ばれた名工
豊原 喜一郎 (とよはら きいちろう)
 
略 歴 (1843-1885)
1822年 今の神奈川県に生まれる
1843年 正蓮寺の山門建築にとりかかる
1845年 正蓮寺の山門が完成する
1848年 西蓮寺の山門が完成する
1861年 浄泉寺の山門が完成する
1872年 浜田地震で炊き出しを行う
 浜田市旭町木田にある正蓮寺の山門は、邑智郡邑南町の浄泉寺、西蓮寺とともに「石見三門」と呼ばれる傑作です。なかでも正蓮寺は重厚な姿と優れた彫刻から石見一の山門と称賛され、訪れた人々を感動させます。門の欄間に彫られた竜の迫力は、夜毎に裏の増田堤に水を飲みに現れると村人が恐れたほどだといわれています。扉には「陰陽照り降りの獅子」と呼ばれる、牡丹に唐獅子の彫刻が彫られており晴雨の姿が見事に彫り分けられています。
 これらの傑作を生みだしたのは、相模の国に生まれた長山喜一郎です。美濃の国で、西本願寺の使いとして布教活動をしていた正蓮寺住職の服部祐哲と出会いました。正蓮寺に門を作りたいと考えていた服部祐哲は、若き名工である長山喜一郎とともに寺に戻ります。長山喜一郎は、後に津和野藩主より豊原姓を受け豊原喜一郎となります。正蓮寺の山門建築にとりかかったのは1843年のことでした。強靭で狂いが少なく耐朽性があり、外見的にも木目が力強くて美しいケヤキの木を選んで造られました。木材に魂を宿すかのようにのみを使って彫り続け、1845年の春、石見随一と呼ばれる山門が完成しました。
 その後1848年に西蓮寺、1861年に浄泉寺と「石見三門」を完成させ、63歳で生涯を終えるまでに、弟子たちに技を伝えていきました。「和田の匠」と呼ばれた豊原喜一郎が残した傑作の数々は、現在も私たちに深い感動を与えてくれます。
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